Vol.08_ストーリーを感じるお店
レトロな伊那の町並みの中に佇む風情あるお店。新しいはずなのに、ずっとそこにあるかのような不思議な感覚を覚えます。 暖簾が風を受けてひらひらと舞い、そこから覗く古いミシン台。夜には行灯がやさしくお店を照らします。 日本のおもてなしの心がつまった「いなまち澤屋」。店主の中澤誠史さんにお話を伺ってきました。 |
―プロフィール―
中澤誠史
群馬県出身
京都の調理師専門学校を卒業後、関西の料理屋で働く
24歳の時シアトルの総領事館にて公邸料理人として赴任。
帰国後、もう一度料理を学び直して
2023年11月「いなまち澤屋」をオープン
ー高校卒業後に料理の専門学校に行かれたということですが、いつごろから料理の道に進みたいと考えられていたのでしょうか。
食べるのがもともと好きで、小学生の頃には「料理人になりたい」と言っていました。
―ずいぶん早くから志されていたのですね。
両親が商売をやっていたので、働く=手に職を付けるという考えが知らず知らずのうちに身についていたのかもしれません。
―その後独立まではどんな所で修業をされていたのですか?
関西の日本料理店で働いていました。ただ、自分は野心が強くて料理の世界の縦社会に馴染めず、空回りし、怒られてばかりでした(笑)
―そうなんですか。…ちなみにどんなことで怒られていたのですか。
料理人の世界って親方の言うことが絶対で、間違ったことでもあっていると言わないといけない風潮があるんです。ただ、自分は嘘がつけない性格なので平気で自分の意見を言ってました。(笑)
―なるほど。とても厳しい世界なんですね。
単純に空気の読めない奴でした。(笑)ただ自分の感性は大事にしたくて、思ったことは口に出してました。モノの善し悪しを判断するのに人の評価軸ではなく、自分の評価軸が必要だと思ったので。
―それがお店を持ちたいという思いに変わっていくんですね。そこからすぐに独立をしようと思ったのですか?
いや、独立までは色々と悩んだ時期も長く、順調にはいかなかったです。経験を積むためにシアトルの総領事館に行って公邸料理人として2年間働いていたこともあります。帰国してからはまたいくつかのお店を転々としていたのですが、まだその頃は自分の味に自信が持てず悩んでいました。レシピ通りに作っても、これで合っているのかな?と半信半疑で作っていることが多かったんです。
―色々と経験されてきたんですね。
そんなときこんな料理をつくりたい、そう思える師匠に出会えたのが転機になりました。その出会いは自分にとって大きかったですね。
―いい出会いに恵まれたんですね。その方には実際にどんなことを教えてもらったのですか?
本当に色々なことを教えてもらいました。
最初は、どんな料理を作っても「まずい」と言われて散々でした。その時自分は、「味つけ」しなくてはいけないと思っていました。目先の変わったことをしたくて、したくて。
ただ、師匠はしょっぱいようでしょっぱくない、あまいけどあまくない。そう感じることが大事だとよく言っていました。それは単純に薄味にするのではなく、素材の味をしっかり活かし、もともと持っている「旨味」や「甘味」を最大限引き立てることだと。飲み込みたくない、まだ口にいれていたい。そんな余韻のある料理を作れと教えてくれました。
そういう料理って結局シンプルになるんですよね。オリジナリティを求めないといけないと思っていたのですが、「同じ料理を作っても出るのが個性」ということを教えてもらいました。
それからは食べ歩きやレシピ本を買い漁ることも少なくなりましたね。勉強とはそういうことではないと。料理人はみんな考え方が違うのに、それぞれのいいとこ取りをしようとしているようでは駄目。誰かの真似では、崩れたときにもとに戻せない。「軸」があるから工夫ができるんだと教えてもらったことで、自分の味を追求するようになりました。
自分の考え方が決まると、他の人からの評価が気にならなくなるものですね。
自分がこうありたいと思える空間で、自分がおいしいと思う料理を出す。そんなお店を作りたいと思い、独立に向けて本格的に動き出しました。
―それが今のお料理の基盤になったのですね。そこから実際にお店作りをするまで、大変だったこともたくさんあったと思いますが、どういう風に形にしていったのでしょうか。
どんなお店をつくるか色々と考えました。日本料理をやりたいと思っていたけれど、もしかしたらやったことないだけで居酒屋とかも意外と向いているのかもしれないと思い、少しの間居酒屋で働いてみたり。でも、全然向いてなくて(笑)でもそこで自分は「美術やストーリーを感じられる料理と空間」が好きなんだと改めて確信できたことは良かったと思います。
―美術とストーリー、確かにお店に入った瞬間それを感じました。それに新しいのにどこか懐かしく、とても落ち着きます。ところでこの壁は土壁ですか?
ありがとうございます。そうです。土壁です。職人さんは塗るの大変だったみたいですが・・・自分の思う「かっこいい」を形にしたくて粘りました。
―土壁の陰影がとても素敵だと思いました。あと、中に入るまでの廊下の部分にも色々なこだわりを感じます。
やろうと思えばもっと席数を広げることもできたのですが、席に着くまでも楽しんでいただきたいと思い、かなりこの部分はこだわりました。
ちなみに、この鯉の絵は来年の干支の辰に掛けて「鯉の滝登り」をイメージして飾っています。滝を上って龍になる、私自身辰年ということもありますが、自分も滝登りして出世できたらいいなと。今の気持ちにはちょうどいい絵だなと思って。
―なるほど。そんな意味が込められているのですか。そういったものひとつひとつにも意味が込められていて、中澤さんのこだわりを感じます。
若い頃の反省から、周りに合わせて妥協するのも大事だと思いましたが、(予算もないし笑)一生に一度のお店を作ろうと思ったらやっぱり妥協はしたくないと思い、色々と要望をお伝えさせてもらいました。
うつわや家具などにもこだわり、お店のイメージを妥協せず作れたのは、いい業者さんとの出会いも大きかったです。
―そんなこだわりのお店にボー・デコールの椅子を選んでくださった理由を聞いてもよろしいですか?
確かネットで「国産 椅子 木製」そんな感じのワードで探していたときに偶然ボー・デコールさんのサイトを見つけました。伊那から新潟まで車で4時間くらいだったので、行けるなと思って直接見に行ったのが始まりでしたね。
―そうだったのですね。見つけてもらえてこちらも嬉しいです。実際にご来店いただいてお店の印象はどうでしたか?
そうですね。まずお店の広さと椅子の量の多さに驚きました。しかもただ置いているだけじゃなくてちゃんとこだわりを感じられたのがここで買いたいと思った理由です。
―それは一番嬉しいお言葉です。スタッフは特に椅子への愛が強いので。(笑)ちなみに何脚か迷われていたと思いますが、この椅子にされた決め手はありますか?
あまり奥行があると食事がしにくいので、ゆったり座るというより体を支えてくれるデザインを探していました。色々座った中で、姿勢を正したまま寛げるのがこの椅子でした。
あとは軽いのがよかったので、ホームページで女性が片手で軽々と持ち上げているのを見たのも選んだ理由のひとつです。実際にお店に行ったとき自分で持ってみて「あ、ほんとに軽いんだな」というのが分かりました。
―確かに木の椅子なのにここまで軽いのは、あまり他にないですよね。出し入れも楽ですし、座った感じもカウンターの高さにぴったりです。
そうなんです。カウンターの高さもすごく考えました。お店の具体的な設計を考える前に椅子はすでに注文していたので、椅子に合わせて寸法を決めました。周りの方には、某家具量販店の家具にしたらと言われましたが、椅子は飲食店にとって「一番長く触れる場所」だと気づき、こだわりました。
―それはぴったりなわけですね。そんな大切な椅子をボー・デコールで選んでいただきすごく嬉しいです。
実は床の高さも変えて、ちょうど私とお客さんの目線が合うようにも作っているんですよ。
―確かにこう話していてもちょうどいい高さと距離感だなと思いました。そういった細かな部分にもこだわりを感じます。
ちなみに、伊那市にお店を出されたのは何か理由があるのですか?
最初はどこでお店をやろうか考えた時、集客に困らなそうで有名店も多い京都とかも考えたのですが、自分のやりたいイメージがしっかりとあるのにわざわざ京都じゃなくてもいいなと思ったんです。場所は関係ないなと。伊那は自然が多く、松茸も取れる。おいしい料理は素材がよくなければいけません。
いい材料でいい料理をつくるには、伊那という場所がすごく魅力的に見えました。あと伊那の町の雰囲気も好きですしね。
―確かに伊那の町は風情があると思いました。落ち着いたお店の雰囲気と素材の味を活かしたお料理が、この場所にすごく合っていますね。すべてにストーリーがあって繋がっているんだとお話を聞いてより感じました。
ありがとうございます。なかなかこういったことを話す機会がないので、そう感じていただけてすごく嬉しいです。来たお客さん全員にこういったことを細かく話せるわけではなのですが、お店のしつらえや料理から何かしら感じ取っていただけたら嬉しいです。
< 取材協力 > 長野県伊那市 いなまち澤屋様 Staff Comment 非日常を感じながらもどこか懐かしくとても落ち着く空間でした。お料理はどれも本当に美味しくて、ずっと余韻に浸って帰りました。また行きたくなる、そんなお店。是非たくさんの方に味わっていただきたいです。 |
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