2020.04.02 2022.05.30

本革のランドセルは人生の物差し

ランドセルは、『人生の物差し』だと思う。

自分が昔使っていたランドセルに思い入れはあるだろうか。
また、小学校6年間どんな想いで使っていただろうか。

重かった、軽かった、気に入っていた、親が選んだので嫌だった…… など、
反対に何も思わなかった人もいるのではないだろうか。

たかがランドセルなのだが、ランドセルは日本の伝統、唯一無二の文化である。
海外の大人がランドセルをお洒落に使いこなす姿に衝撃を受けたのが記憶に新しい。

当店で扱っているランドセルはオリジナルで、鞄職人が選ぶ上質な素材と確かな腕から生まれる一点もの。世間では6年間使うランドセルを卒業して大人になっても使い続けてもらいたい、
そんな想いから生まれた「一生モノのランドセル」を長年取扱っている。

ランドセルといえば、赤や黒のカラーバリエーション豊富なツルツルピカピカをイメージする方が多いのではないか。

そのイメージを大いに覆す上質な牛側のマットな手触りと、シンプルなデザインが誇らしいお店で扱うランドセルは、牛革そのまんま。まるで大人用の上質な革鞄のような高品質なのだ。
そんなランドセルなので、嬉しいことに、子どもが生まれる前から憧れてくださる方も少なくない。

あるとき、ランドセルを使う小学1年生の息子さんのお父さんから相談を受けた。

「ランドセルの修理はできますか…… 」

もちろんできるので、修理でお預かりする。
持ち込まれたランドセルは、表面に無数の傷が大きく入り込んでいた。
なぜそうなったかというと、原因は子ども同士の喧嘩。
子どもの頃はよくあること、誰も悪くはない「事故」だ。

一般的なツルピカのランドセルは基本、色の付け方を牛革などに顔料を塗っている。
元々頑丈にコーティングがなされるものが多いが、もしも深い傷がついたら革の上に乗せた塗料が剥げてしまい、地の色が表れてしまう。
だが、私たちのお店のランドセルは顔料ではなく、牛革にそのまま色を染めている。
これがお手入れすることで色合いが変わって味わいが増す魅力の一つなのだ。

今回持ち込まれたランドセルの傷は、革の表面をえぐるように深く重症で、そう簡単には直らなそうだった。

私はこのいたたまれないランドセルを目の当たりにして、とても直してあげたかった。
親御さんは、本当に革が大好きな方だったが、今回の傷は当然直せないだろうと、作り直しも希望していた。

けれど、今までの思い出もきれいさっぱりなくなって、新たなランドセルに一新されてしまうような気がして、できればそうはしたくなかった。
このランドセルはまだ一年生の男の子だとはいえ、今年の暑い夏の登下校を一緒に乗り越えた相棒なのだ。

その記憶も新しいランドセルに塗り替えられてしまっては悲しい。

このランドセルは、月に一度、革用の保湿クリームでお手入れをして使ってもらっている。
新しいものより、古いものこそ格好良く味わいが出ていくのだ。
そう、無垢材の家具やフローリングなどと同じように……。

また、もしここでランドセルを新しいものに変えたなら、このわずかな期間の記憶も「ランドセルを替えた」という真っ新なものに変わってしまうというのも残念である。
簡単に変えてしまったら、伝えたかったモノを大切に使うことの気持ちが伝わらなくなってしまうのではないか。(また替えたら新しいものが手に入ると教えるようなものである)

そう思うと何としてでも…… と、ただならぬ正義感を覚えた。
3週間お預かりし、何度もお手入れをした。

その結果、キャメル色のランドセルはほんのり焼けたパンのようなきつね色に変わり、深かった傷も目立ちづらくなっていた。
そしてご家族にランドセルを見てもらい、このランドセルを使い続けていくことに決まった。悲しみの表情が笑顔に変わっていたのも嬉しかった。

ランドセルに限らず、子どもの頃から”本物”を使うことは、この時代では簡単そうで難しいのだと近頃感じている。 生活していると「汚れづらいものを」「傷つきづらいものを」「割れづらいものを」を身の回りのものは、つい選択してしまいがちだ。

それは子どもにとってどんな影響があるだろうか。
使いやすい、簡単、壊れない、いざ壊れたら、簡単に取り換えることができる…… 
“便利“を重視する暮らし、それだけになってしまうとモノの有難みを感じにくくなってしまうのではないだろうか。多少使いづらくても、壊れないように気を付けてモノを使い、もし壊れてしまったら修理をする…… その循環がモノを大切にする気持ちを育むことができると思う。

ここまでの話を読んで、「ランドセルにお手入れするとは…なんて面倒なのだろう」という人もきっといるはずだ。 全ての方が納得すると思わないし、ツルピカのランドセルの良いところもきっとあるし、それはそれでいいと思う。 この本革のランドセルは100人いたら、3人くらいに良さを感じてもらえればそれでいいと思う。

この男の子の直したランドセルは6年後も人生の宝物になるはずだ。
この本革のランドセルは、物を大切に想う心を育むことのできる最高の素材だと感じた。
時には傷つき、傷つけられ…直し、学び、子どもと共に、成長していくものなのである。

text: beau decor スタッフ