コーヒー 森の生活

あの日、ぼくはコーヒーを飲んでいた

まあまあ暑い夏の初めの夕方だった、おそらく、たぶん。

とても大切な日だったのに、忘れてしまう。人はいつのまにか、いろいろなことを忘れてしまう。あっけなく。ただその日、冷たいアイスコーヒーを飲んだことは覚えていた。

もう10年以上経つ。大学4年生の、たしか夏。周りの友人は就職活動の最中で、せわしなくしていた。今まで無邪気な顔をして遊んでいた友人たちが、少し大人びた表情で就活の愚痴なんかを話すのを聞いて、言いようのない寂しさを感じていた。なんの武器も持たず、社会人として世に出ていく現実が間近に迫っていることにも怯えていた。内定を決めた友人は、夏休みに最後のバックパッカーにメキシコから中南米を回ってくるなんて言っていた。

ぼくはといえば、その頃写真家になりたいと考えていた。しかし、あまりにも漠然とした願いでしかなく、そのためにすることなんて日々写真を撮って、現像してを繰り返すだけ。就職活動はエントリーシートを書いたか、書かなかったすら覚えていない。就活に励む友人を見て、寂しさと、うしろめたさを感じ、焦っていた。地に足のついていない、宙に浮いている感じで毎日を過ごしていたように思う。

なにかしなければ。

そうだ、弟子になろう。アシスタントだ。写真家のプロフィールを見ると、若い頃は誰々に師事なんてよく書いてある。アシスタントをしながら勉強して、自分の作品を作り、写真家の道を見つけていこう。ありきたりで、浅はかな考え。だけど、地に足のつま先くらいはついた気がした。

そこで、その頃大好きだった佐藤さんという写真家の事務所の電話番号をなにかで調べ、意を決して電話をかけた。玉砕覚悟。声は震えていたと思う。「アシスタントになりたいです。」はっきり言った記憶がある。「俺、男のアシスタントは断ってるんだよね。ごめんね。」はっきり言われた記憶もある。玉砕した。だめだった。

ただ、作品は見てくれるらしい。話も聞いてくれるらしい。憧れの人に会える。写真を見てもらえる。アシスタントにはなれなさそうだけど、作品を見せればもしかしたら、「君いいね」とか言って、なにかが変わるかもしれない。

数日後、京王線の幡ヶ谷という駅を降りた。初めて降りる駅だった。事務所までは少し歩いた。たぶん、夏の初め。晴れていて、夕方だったのは間違いない。自分で作った作品のアルバムを3、4冊持っていてそれがとても重かった。歩いていると汗が噴き出てくる。

古めのマンションの一部屋が事務所だった。マンションの入り口で、急に怖くなったのを覚えている。作品を見せて、ボロカスに言われたら。憧れの人に。自信をなくし、写真家になるという思いは今日で崩れ去ってしまうかもしれない。悲観的な未来を思い浮かべてしまう。でも、ここまで来た。行くしかない。

玄関のドアの前、チャイムを押したら本人が出てきた。雑誌なんかで見たままの人が、生々しくそこに立っていた。部屋の中にはなんの理由だったか入れずに、駅の近くのドトールに行こうと言われた。先に行っててと言われたので、また汗だくになりながらドトールに着いた。先に入ってようか、入らずに待ってようか迷ったが、入らずに待っていた。早く冷房の効いている屋内に入りたかった。

自分が着いて数分後だったと思う。佐藤さんも着き、「入ってれば良かったのに」と言われた。やっぱりそうだよなと思った。わりとどうでもいいことで迷うとき、出した答えはたいてい間違っている。

店内に座り、「何飲む?」と聞かれて、アイスコーヒーと答えた。暑さと緊張で喉がとても渇いていた。佐藤さんもアイスコーヒーを頼んだ。コーヒーが出てくるまでの間、何を話したかはたいして覚えていない。なんで俺のとこに来たの?とか、そんなことだったと思う。熱意を伝えて、話次第ではもしかしたら、アシスタントになれるかもしれない。話し下手な自分だが、懸命に話した。

そして、アイスコーヒーが来た。ミルクとガムシロップも運ばれてきたが、佐藤さんはどちらも入れずにブラックのまま一口目を早々に飲んだ。ストローも使わずに飲んだ。なんかかっこいい。ぼくも真似して、ミルクもガムシロップも入れずに、ストローを使わずに飲んだ。めちゃくちゃ美味しかった。

喉が渇いていたのもあったが、憧れの人からご馳走してもらって、その人と一緒に飲むアイスコーヒー。確かに今、ここに一緒にいる。話をしている。今までアイスコーヒーにはミルクとガムシロップは入れて飲んでいたけど、ブラックのアイスコーヒーはこんなにも喉を潤してくれるのかと少し驚いた。高級なコーヒーでもなく、自分で豆を挽いて淹れたのでもなく、普通のドトールの冷たいアイスコーヒー。味を鮮明に覚えているわけではないが、美味しかったという記憶は10年以上経つ今も鮮明だ。

作品を見せたけど、結局アシスタントにはなれなかった。作品は面白いねと言ってもらえたが、どこまで本音かはわからない。ただ、嘘をついたり、適当なことを言ったりする人ではないと思っていたので、純粋に嬉しかった。

どのくらいの時間話していたかは覚えていないが、そんなに長くはなかったと思う。そのわりと短時間で佐藤さんは2杯目を頼んだ。アイスコーヒーをおかわりする人を初めて見た。ぼくも勧められたが、遠慮した。なんとなく。好きな写真家についてだとか、好きな音楽について話して、最後に「このまま続けていけばいいよ」と言われ、別れた。

写真集を出版したり、展覧会を開いたりするような写真家にはなれていないけど、写真は今でも色々な縁があって続けている。

なんかかっこつけた言い方だけど、コーヒーはぼくの思い出の中にスパイスのように出てくる。今回、コーヒーについて書くにあたり過去を思い出していると、楽しい記憶や寂しい記憶、嬉しくも悲しくもないただぼんやり覚えている記憶にも、その片隅だったり、すぐそばにだったり、当時の匂いや雰囲気を連れてくるような役割で、わりと、たしかに、存在している。

阿佐ヶ谷のコインパーキングで友達が泣きながら甘い缶コーヒーを飲んでいたこと、学食で出てくる不味いコーヒーをいつも飲んでいた写真部の先輩のこと、昔昔住んでたアパートの向かいの喫茶店では、おつりの5円には必ず色付きの紐が結ばれていること。思い出すとなんだかんだ出てくる。

佐藤さんとは当然の如く、それ以来会うことはない。ただ、夏が来てお店でアイスコーヒーを頼むとき、幡ヶ谷のドトールと佐藤さんを思い出す。

いつか、またコーヒーを一緒に飲みたい人がたくさんいる。

text: beau decor スタッフ